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こうのとり伝説

鴻巣という地名の由来

むかし、むかし、この地に「木の神」と呼ばれる大きな木があって、里の人々は、その木を『神様の木』として大切にしていました。
ところがその木は、お供えをしないと災いを起こすので、人々は困っていました。

ある時、こうのとりがやって来て、その大木に巣を作ってたまごを産みました。
すると、どこからか大きなへびが出てきて、そのたまごを食べようとしました。

それを見ていたこうのとりは、矢のように巣に舞い戻りそのへびと戦いになりました。そうして、こうのとりは、ようやくへびを追い払いました。

その後、この地には、災いもなくなり、平和な日々が続いたので、人々はその木の下にお宮をつくり、こうのとりのお宮「鴻の宮(こうのみや)」と名づけ、この土地の守り神としました。
そして、この地は、いつのころからか、こうのとりが巣を掛けた所として、「鴻巣(こうのす)」と呼ばれるようになりました。

鴻巣(こうのす)の地名の由来と鴻神社

 「こうのす」という地名は、古代に武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)である笠原直使主(かさはらのあたいおみ)が現在の鴻巣市笠原のあたりに居住したとされ、また、一時この近辺に武蔵の国の統治を行う機関(国府)があったのではないかと推測されることから、「国府の洲(中心) こくふのす」が「こうのす」となり、後に「こうのとり」の伝説から「鴻巣」の字をあてるようになったと思われます。
 国府のことを「こう」と呼ぶのは、他の地名(国府台[こうのだい]、国府津[こうづ]など)からも類推され、国府のお宮を国府宮(こうのみや)と呼ぶのは、愛知県稲沢市にある尾張大国霊神社、別名国府宮(こうのみや)など、全国でも例があります。
 このことからこうのとりのお宮「鴻の宮」は「国府の宮(こうのみや)」であったのではないでしょうか。

※笠原直使主(かさはらのあたいおみ)
 6世紀に活躍した豪族で行田市の埼玉古墳群の中の稲荷山古墳にまつられています。そこから出土した大和朝廷から拝領したとされる金象眼銘の鉄剣は国宝に指定されています。

 鴻神社は氷川社・雷電社・熊野社をはじめ、多くの神々をまつる鴻巣総鎮守で社殿の脇にそびえる大いちょうの下、四季折々に様々な祭りが行われます。